所属:神戸大学
研究科:医学系研究科(整形外科学分野脊椎外科学部門)
研究者名:由留部 崇(特命准教授)
はい、まずは自己紹介をさせていただきます。神戸大学大学院医学系研究科の整形外科学分野、そのなかに設置されている脊椎外科学部門の特命准教授を務めております、由留部 崇(ゆるべ たかし)と申します。私どもは大学医学部で学生教育を行い、大学院医学系研究科で研究を行い、大学病院で整形外科医として診療しております。今年度の「企業版ふるさと納税を活用した大学研究支援」でも、私のライフワークである脊椎、つまりせぼね(背骨)にある椎間板の研究へのご支援をお願いしたく存じております。
そしてこの場をお借りし、昨年度に実施された「大学研究を支援するガバメントクラウドファンディング」のお礼を述べさせていただきます。昨年度は神戸大学が取り組む医学研究に対し、神戸市のふるさと納税を通じて非常に多くの方にご支援いただき、無事に目標額を達成することができました。貴重な研究資金をいただき、次世代の研究手法である空間的遺伝子発現解析(RNAシークエンス)を実施することができました。現在は得られたデータの解析を日夜進めております。本年度はこの結果を基にして大型の疾患モデル動物を用いた実験を行い、実用化に向けた、より実践的な研究成果を得ることを目的としております。

腰痛は多くの方にとって身近な症状の一つです。わが国では身体の不調として腰痛を訴える方が非常に多く、仕事や日常生活にも大きな影響を及ぼします。脊椎は身体の中心を支えており、痛みがあると、歩く、座る、働くといった日常の動作にも支障が出ます。実際、腰痛は休業を要する疾病として最も多く、6割以上を占め、労働力の低下につながる世界的な健康問題であり、私ども整形外科が扱う疾患のなかでも早急な解決が望まれている重要な課題です。
例えば腰痛を生じる代表的な疾患の一つに椎間板ヘルニアがあります。脊椎を構成する一つ一つの骨(椎骨)の間にクッション材である椎間板があります。この椎間板が無理な運動やけがで傷み、正常な位置から飛び出すことで急激な腰痛が出現します。さらに近くを走行する神経を圧迫すると、坐骨神経痛などの症状を引き起こし、仕事だけでなく日常生活にも大きな支障を来します。
多くの場合、まずは安静、コルセットの装着、鎮痛薬の服用やブロック注射などの保存療法を試みます。症状が重い場合には手術を提案することもありますが、脱出したヘルニアを摘出したり、金属製のインプラントでぐらついた椎骨同士を固定したりするものであり、傷んだ椎間板自体を“治す(修復、再生)”こととは異なります。多くの患者さんが健康な椎間板に戻ることを望んでおられる一方、その願いと現在提供できる医療との間には依然として大きなギャップがあります。そのため私たちは椎間板の構造や機能をできるだけ温存できる、新たな治療法の開発に取り組んでいます。

私どもは椎間板の再生医療に取り組んでいます。近年、整形外科領域においても再生医療が徐々に普及してきました。一方、四肢関節疾患などとは異なり、脊椎の椎間板は身体の深部にあり、血流や栄養が乏しい組織です。そのため単純な成長因子の投与では持続的な治療効果が得られにくいことがわかっています。同様に細胞移植を行っても、椎間板特有の厳しい環境のため、移植した細胞が生着しにくいという課題があります。椎間板は人体で最も早期に老化する組織の一つであるにもかかわらず、一度変性すると自己修復が困難であり、現時点で実用化に至った再生医療もなく、修復・再生に不利な条件を抱えた組織だといえます。私どもの研究室は20年以上にわたり、椎間板研究を続けており、これまでの研究成果から、椎間板再生には内的環境の特殊性を考慮に入れた戦略が重要と考え、遺伝子治療のアプローチを採用しています。
遺伝子治療と聞くと、不安な印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。ですが私どもは新型コロナワクチンでも利用されたRNAを介した手法を用い、安全性に配慮した治療法の開発を進めています。例えばRNA干渉であれば、椎間板細胞のDNA(ゲノム)には組み込まれず、細胞分裂などを通じて次世代に影響が及ぶことなく、遺伝子発現の制御が可能になります。既存の遺伝子導入技術では有効性、徐放性、安全性に限界があり、臨床応用にはハードルが高いと考えていました。そこで私たちは最終的に体内で消失する“生分解性”と、有害な免疫反応や炎症反応を起こしにくい“生体適合性”を兼ね備えた「新たなナノ粒子」を開発しました。「ナノ粒子」を用いることで安全性を確保しながら高濃度の遺伝子導入が可能となり、有効性と徐放性の飛躍的な向上に成功しました。このアプローチは独自性が高く、既に特許も出願しており、さらに研究を続けております。

“生分解性”および“生体適合性”を兼ね備えた新規材料(ナノ粒子)を用いることで、安全性、有効性、徐放性を高めた遺伝子導入法を開発していることが技術上の大きな特徴です。従来の遺伝子治療で課題とされてきた安全性に配慮した、新たな手法です。
また細胞自身のクリアランス機構であるオートファジーなど、椎間板が本来持つ“清浄力”を高めることで、組織の劣化を抑え、健康な状態を長く維持することを目的とした予防的なアプローチであり、より生理的な治療法であることが生物学的な特色です。
さらに私どもは特殊な設備・施設を必要とせず、できるだけ安全かつ簡便に、注射だけで治療を提供できるようにしたいと考えています。腰痛や坐骨神経痛といった椎間板変性疾患に悩んでいる患者さんは非常に多く、世界中におられます。若年の方も高齢の方もおられますし、なかには全身状態に不安のある方もおられます。また通常、椎間板は人体に23個も存在します。そのため私たちは一つの椎間板を治すのに多額の医療費が掛かるような、限られた人だけの医療ではなく、全国どの病院でも、低コストで実施できる治療にしたいと考えています。そのような治療の実用化を目指してRNA干渉製剤を用いた椎間板遺伝子介入の研究を進めていることが、私ども神戸大学大学院整形外科の大きな独自性です。
まず第一の適用として、現在、腰痛に苦しんでおられる方々への使用を想定しています。椎間板ヘルニアの患者さんが保存療法で十分に改善しない場合には手術が検討されます。脱出した椎間板を切除することで急性期の症状は改善しますが、椎間板組織の切除やヘルニアが脱出した穴の残存により、椎間板の変性や圧潰が進み、慢性腰痛や脊柱管狭窄につながることがあります。また一度罹患した椎間板ヘルニアは保存療法で改善した場合でも、将来的に変性が進行しやすいことが知られています。わが国では20~40歳代を中心に年間約3万人の患者さんが手術を受け、その数倍の方に保存療法が施行されており、私どもの治療法で傷んだ椎間板を保護できれば、変性予防につながると考えています。
もう1つは高齢の患者さんへの適用です。高齢者では高度に変性した椎間板からすべり症など脊椎のぐらつきを生じ、しばしば金属製のスクリューを用いた固定術が選択されます。固定椎間自体は動かなくなることで症状の改善が得られるものの、上下に隣接する椎間板には固定椎間の動きを補うため、これまで以上の負荷が掛かることがあります。そのため手術椎間の上下が早期に傷む隣接椎間障害という合併症が生じ、追加手術が必要となる患者さんがおられます。私どもの治療法により隣接椎間障害を予防できれば長期的な手術成績の維持につながり、追加手術への肉体的・心理的・経済的な不安を減らすことができ、さらに社会保障・医療費の削減にも貢献できると考えています。
他にも腰椎分離症という、椎骨がまだ未成熟で柔らかい成長期のスポーツ選手に多く生じる疾患があります。例えばプロ野球選手は幼少期から激しいトレーニングを積んでおり、4割程度が罹患しているとの報告もあります。椎骨の分離、つまり疲労骨折から椎間板に多くの負荷が掛かり、早期に破綻して慢性腰痛や坐骨神経痛を生じることがあります。初期にはスポーツを続けられる場合もありますが、将来的な悪化が懸念され、選手生命への影響を考えると手術がためらわれることも多い疾患です。私どもの治療法が確立できれば、将来的には入団時などに変性予防の注射を受けるような時代が来るかもしれません。
現在、私どもの研究は開発実験および性能試験の成果に基づき特許を出願し、さらにデータを集めている段階です。今後、動物実験による非臨床試験、そして実際の患者さんを対象とする臨床試験へ進むためには、追加の開発実験、性能評価、安全性・有効性の確認、治験に必要なデータの整備などに多くの研究費が必要となります。そのため国の支援を含め、様々な手段を検討していますが、研究を着実に前へ進めるためには継続的な資金が欠かせません。
通常のペースでは、新たな治療法の開発に10年近く掛かる可能性があります。私たちはこの期間を5年程度に短縮し、できるだけ早く患者さんに届けたいと考えています。ご支援をいただくことで、必要な実験に早く取り掛かり、データの蓄積を加速することができます。その結果、非臨床研究から最終的な治験へ進むための準備をより早く整えることが可能になります。
腰痛は長年にわたり、解決が求められている世界的な健康問題です。例えばアメリカの統計では腰痛によって全労働人口の1%が就労できず、年間1,000億ドルの経済損失に達するとされています。日本でも労務不能となる理由の第一位は腰痛です。腰痛や坐骨神経痛の主な要因となる椎間板変性で苦しんでいる方々は非常に多く、私どもの「新たなナノ粒子を用いた治療剤」が役立つ場面は少なくないと考えています。患者さんに新しい治療の選択肢を届けるため、皆様のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
