がんを予防する世界初の塗り薬の開発

iPS細胞を使って見つける、
皮膚がんを防ぐ革新的外用剤

iPS細胞を使って見つける、皮膚がんを防ぐ革新的外用剤

研究科:医学研究科
教授名:福本 毅(准教授)

ご研究について教えてください。

 私はこれまで約10年間、細胞老化の研究に取り組んできました。細胞が老化すると、周囲にさまざまな生理活性物質を分泌し、周囲の健康な細胞に悪影響を及ぼすことで、さらに老化を進めたり、炎症を引き起こしたりすることがあります。自らは死なずに生き続けながら、周囲に悪い影響をまき散らす、いわばゾンビ細胞と化してしまうのです。私はこのような負の連鎖を断ち切る手段を見つけたいと考えてきました。
 その鍵となるのが、メラノサイトと呼ばれる細胞であることが、これまでの研究から明らかになってきました。メラノサイトは皮膚の表皮の一番下にある基底層に存在し、メラニン色素を作っています。最近の研究では、ゾンビ細胞となった老化メラノサイトが、過剰なメラニン生成を引き起こしたり、周囲に炎症を広げたりすることで、皮膚の老化を促進していることが分かってきたのです。皮膚の老化の中で重要な誘因が紫外線であり、紫外線による老化を特に光老化と呼びます。シワ、シミだけでなく、最終的には皮膚がんも引き起こします。

何が特徴なのでしょうか。

 この研究の革新性は、ヒトメラノサイトを大量に培養できる技術を私たちが世界で初めて確立したことにあります。従来、メラノサイトは皮膚から取り出して培養することが非常に難しい細胞でした。しかし、私たちは神戸大学内の共同研究によってiPS細胞(人工多能性幹細胞)の技術を応用することで、メラノサイトを大量に作り出すことに成功しました。
 さらに、その培養したメラノサイトに紫外線を照射したり、薬剤を投与したりすることで、老化した状態、すなわち炎症を引き起こすゾンビ化したメラノサイトを人工的に再現することにも成功しました。この老化メラノサイトを用いて、炎症を抑え、老化を制御するような薬剤のスクリーニング(選別)を行うことが可能となり、すでにいくつかの有望な分子を見つけることができています。これにより、新たな老化予防・治療のための外用薬の開発に取り組んでいます。

どういった患者さんを救うことができるのでしょうか。

 たとえば、光線過敏を呈する病気があります。その一つである色素性乾皮症の患者さんは、健常な人なら問題にならない程度の日光でも強い反応を起こし、皮膚に炎症や異常な日焼け症状が生じます。このため、徹底した紫外線対策が必要で、外出の制限や心理的ストレスが大きな負担となっています。さらに、現時点では色素性乾皮症の根本的な治療法がありません。
 私たちが開発を進めている治療薬は、このような日光過敏のある方が、万が一日光を浴びてしまったときに皮膚の炎症を抑え、将来進行する可能性のある皮膚がんを含めた皮膚の老化を予防できる薬になる可能性があります。

難病の方を救える可能性があるのですね。

 それだけではありません。紫外線は皮膚がんの主な原因であり、その影響でDNAに損傷が蓄積されていきます。私たちの研究は、この蓄積されたDNAの損傷から発生する悪影響を止めることで老化を抑える、つまり抗光老化作用を発揮する可能性のある治療薬の開発を目指しています。皮膚科医として、私たちは塗り薬(外用剤)の開発に強みがあり、この治療戦略も外用薬として進めています。

皮膚がんについての課題について教えてください。

 皮膚がんは、発症後の治療として手術や薬物療法などが進歩しており、例えば本庶佑先生の研究成果から生まれた免疫チェックポイント阻害薬は、治療が困難だった皮膚がんにも効果を示すようになっています。しかし、現在の医療では、できてしまった皮膚がんを治療する方法が中心で、手術療法も薬物療法も患者さんにとっては苦痛がともなうものです。そもそも皮膚がんを発生させない、つまり皮膚がんの予防という戦略はまだ確立されていないのです。私たちの外用薬は、ゾンビ化したメラノサイトによる慢性的な炎症を抑える効果が期待できるため、皮膚がんの発症自体を防ぐ可能性があります。たとえば、子宮頸がんはワクチンにより発症率が下がっており、食道がんでは飲酒・喫煙がリスクとして知られていますが、皮膚がんの主な原因である紫外線を完全に遮断することは困難です。特に、日光過敏症の方や屋外で仕事をする方々は、紫外線によるDNA損傷を避けることが難しく、こうした方々の皮膚がんをはじめとする皮膚老化の予防に私たちの研究が貢献できると考えています。世界中で皮膚老化の進行を遅らせて、最終的には皮膚がんも予防する――これが私たちの大きな目標です。

今回の支援でどういったことが可能になるのでしょうか。

 私たちはこれまで、約10年にわたり細胞実験やマウスでの研究を重ねてきました。これから実際の治療薬として世に出すためには、より確実なデータを積み重ねる必要があり、そのための資金が必要な段階に入っています。今回開発しているのは塗り薬(外用剤)のため、臨床試験は比較的進めやすいと考えていますが、それでも3年から5年という短期間で実用化を目指すには、公的資金だけでは不十分です。地球環境の変化により、紫外線量は年々増加しており、今後もその傾向は続くと考えられています。私たちは、より多くの方々を紫外線の脅威から守りたいと願っており、皆様からの温かいご支援を心よりお願い申し上げます。