iPS細胞の技術を使って、すべての患者さんに届くがん免疫細胞治療を開発

“既製品”として大量製造可能で、
多様ながんに適用可能なiPS細胞由来免疫細胞

“既製品”として大量製造可能で、多様ながんに適用可能なiPS細胞由来免疫細胞

研究科:医学研究科
教授名:青井 貴之(教授)

どのような研究をされているのですか?

 私たちの研究は、iPS細胞の無限増殖能力と分化多能性を最大限に活用し、すべてのがん患者さんに届く革新的な免疫細胞治療を開発することを目指しています。具体的には、様々な種類の癌を攻撃することが知られているγδT細胞(ガンマデルタT細胞)を、iPS細胞から効率的かつ安全に作製する技術に取り組んでいます。これにより、治療薬を「既製品」(off-the-shelf)として大量製造し、必要なすべての患者さんへ現実的なコストで提供できることを目標としています。

現在のがん免疫細胞療法にはどのような課題があるのでしょうか?

 現行のがん免疫細胞療法、例えばCAR-T療法は、高い効果を示す一方で、いくつかの大きな課題を抱えています。

  1. 高額なコストと汎用性の低さ
    患者さん自身の細胞を用いてオーダーメイドで作製するため、治療費用が非常に高額(3000万円以上)であり、治療期間も長く、大量供給が困難でした。
  2. GVHD(移植片対宿主病)のリスク
    現在主流のαβT細胞(アルファベータT細胞)を用いた治療では、患者さん以外の他人の細胞を使うと、T細胞の多くを占めるαβT細胞が患者さんの正常細胞を攻撃してしまうGVHDという重篤な拒絶反応を引き起こすリスクがあります。これはαβT細胞がHLA(ヒト白血球抗原)という個人ごとに異なる分子に依存して抗原を認識するためです。このため、他家移植(他人の細胞を用いる治療)が事実上不可能で、自家療法(患者自身の細胞を用いる)に限定されていました。
  3. 限定的な増幅力
    GVHDのリスクがないγδT細胞の活用も考えられてきましたが、患者さんの血液から調製したγδT細胞は体外での増幅力に限界があり、多数の患者さんに十分な量を供給することができませんでした。

先生の研究の革新性・独自性は何ですか?

 私たちの研究の最大の特徴は、iPS細胞の無限増殖能と、γδT細胞のHLA非依存性のがん攻撃能力を組み合わせた点です。iPS細胞から作製したiγδT細胞は、提供者以外の「他人」の癌細胞(大腸癌、肝癌、白血病など)でも攻撃できることが実験室で確認されています。加えて、GVHDのリスクがないため、他家移植(他人の細胞を用いる治療)が可能になります。私たちは、フィーダー細胞も血清も用いない方法での作製にも成功しており、凍結融解後も細胞傷害機能を維持できるため、製品化に向けた大きな利点となります。この基盤技術はすでに確立され、特許も出願済みで、一部は日本で成立しています。

今後の展望と、皆様へのご支援のお願いについて教えてください。

 このiγδT細胞は、多様ながんに対して殺細胞効果を持つことが知られており、従来の抗がん剤のように幅広い適応症例(マーケットサイズ)を持つ可能性があります。また、iPS細胞は遺伝子操作が比較的容易なため、細胞の活性を上げるような遺伝子操作を行うことで、より高機能な免疫細胞療法製剤をつくることも期待できます。私たちはすでに基盤技術を確立し、今後は非臨床・臨床研究へと進んでいきます。目標は、治療法開発期間を従来の10年から5年へと短縮し、できるだけ早く患者さんのもとに届けることです。
 この画期的な治療法を現実のものとするためには、莫大な研究費が必要となります。私自身、iPS細胞研究の初期から携わり、関連規制策定や政策提言にも関与してきた経験から、この分野の推進に貢献できると自負しています。私たちは、この技術が必要とするすべてのがん患者さんに希望をもたらすと信じています。皆様からの温かいご支援を心よりお願い申し上げます。