自分の免疫力で難治がんを治す研究

放射線治療の概念を変える、異次元治療

研究科:放射線腫瘍科
教授名:佐々木 良平(教授)

現在のがん治療について教えてください。

 現在の医療では、がんの根治治療は手術か放射線治療しかないといわれています。従来は、放射線治療は効果がある疾患が少ないといわれてきましたが、粒子線治療やX線を使ったIMRTなど、放射線治療の中でも新しい治療技術が登場し、その多くの患者さんに恩恵をもたらしています。ですが、原発巣以外の他の臓器に転移が広がってしまった患者さんには手術も放射線治療も行なうことができないのです。

その中でどんな治療法を開発されているのですか

 私は「過酸化チタンナノ粒子」と「放射線」と「免疫治療」を併用し、腫瘍が自己の免疫細胞で消滅するという治療法を開発しています。独自に開発した過酸化チタンナノ粒子をがん細胞が取り込み、そこに放射線を当てるとがん抗原が放出され、自己の免疫が活性化し、免疫細胞が、がん細胞をやっつけるのです。

どうしてそのような研究を始められたのですか?

 私は30年もの間、がん治療を行ってきました。手術でも放射線治療でも治らない、そんな状況に苦しむ患者さんの声に最前線で向き合いながら、どうすればがんになったとしても患者さんが笑顔ですごせるかをずっと考えてきたのです。
 その中でも私は放射線治療が専門なので放射線治療の効果をどうあげていくか、そこをずっと研究してきました。放射線治療に用いる物理エネルギーというのは非常に大きく、例えば胸部レントゲンのエネルギー付与量の何千回分にも相当しますが、その強力な放射線を照射しても治らない、いわゆる放射線抵抗性腫瘍と呼ばれるがんが多く存在します。
 そんながん細胞に対して放射線治療の効果をあげていくには、補助剤としてがん細胞の放射線感受性を向上させる増感剤を開発していくことが効果的だと考えています。ところが現在の増感剤は効果の割に副作用が大きく、実用化されている薬や治療法は殆どありません。
 そこで私は本庶教授の発明で話題になった免疫チェックポイント阻害剤を放射線療法に組み合わせ、身体の免疫機能を変えることに着目しました。がんの中には色んな機能をもつ“自己の免疫をからの攻撃を回避するシステム”があり、それ自体ががん細胞を強くしている側面がありますが、免疫チェックポイント阻害剤を併用することによってそれを逆手にとって放射線治療によるがん細胞への治療を免疫チェックポイント阻害剤で促進するという試みができないと考え、その研究が成果を上げているのです。

従来の放射線治療と比べてどう画期的なのでしょうか

 放射線と免疫チェックポイント阻害剤は現在でも一部の疾患に適用されていますが、早期に治療効果が認められなくなるという問題があります。過酸化チタンナノ粒子を追加することで、画期的な治療効果が確認できました。また、放射線治療がきかないといわれていた種類のがんにも効果があります。次には、アブスコバル効果といって、従来は放射線療法が適応外と言われていた転移がある場合にも効果が期待できます。従来は化学療法しか選択肢がありませんでしたが、この治療法が確立されれば、より身体への負担の少ない放射線治療の選択肢を患者さんが持つことができます。
 さらにそれだけではなく、治療後に再発を予防できる、いわばワクチン効果があることも判明しています。

放射線治療そのものを変えるような画期的なご研究ですね。

 将来的にはがん治療全体において、有力な選択肢となりうると思っています。
 転移がある患者さんだけでなく、例えば症状として手術ができない患者さんや、体力が低下し、手術できない高齢者の患者さんにも適応できます。進行がんや、治療法が確立されていないがんでも適応できます。
 これまでは、ファーストラインと呼ばれる既存の治療で治らなかった患者さん、そういった患者さんには現状では抗がん剤などで症状の進行を遅らせる治療法をとります。しかしそれでは患者さんや家族に希望が持てない。この治療法が将来的に確立されればそんな患者さんや家族たちに選択肢を提供し、希望をもたせることができると思っています。

世界中でがん治療の研究がなされている中で先生だからこそできるという点はあるのでしょうか。

 私は今回の治療法とは別に外科の福本巧教授等と共同し、「ネスキープ」という吸収性スペーサーを用いた治療方法開発し、実用化が5年経過したこともあり、文部科学大臣表彰を2024年に受賞することができました。この開発も今回の治療法と同じような発想で、手術も放射線治療も今までは受けることができなかった患者さん、より具体的には近接する消化管のため根治的治療が困難な患者さんに対して、粒子線治療や放射線治療を可能にさせるものです。
 既に日本で500名以上の患者さんに提供され、保険適用のもとでしっかりとした根治治療を提供しています。患者さんの中にはこの治療による回復後にお子さんを出産された方もいらっしゃいます。希望をもつということは非常に大切なのです。
 こういった経験だけでなく、神戸大学だからこそ、という要素もあります。神戸大学では先進的かつ世界最高水準の異分野共創型研究を推進しています。今回の治療法も、神戸大学工学研究科の荻野教授と共同で過酸化チタンナノ粒子を開発したからこそ提案できているのです。異分野の研究者が共に力を合わせなければ産まれない着想で、これまで既存治療の「治らない」、「治せない」という常識を打ち破っていけると考えています。

今回ガバメントクラウドファンディングの形式で寄付を募られている理由というのはどこにあるのでしょうか

 がん治療は日進月歩です。ですが、治療の開発には非常に時間がかかるものでもあります。政府の審査も我々研究者も同様にがん治療の開発を早く行えるように努力しています。一般の方でもできることとしては、もちろん治験などに参加することも1つですが、治療法の開発に興味を持っていただくことがあるのではないかと考えています。
 誰にとってもがんとの闘病は絶対にご自身、もしくは身近な方にも起こる問題です。ひとたびがんと診断されると、多くの場合すさまじい闘病生活を強いられることになります。そういった闘病生活において、少しでも希望をもってもらうために、誰にとっても新しい治療法の開発というのは身近な問題なのです。
 もちろん資金も必要です。これからこの治療法を人に用いていいかどうかの非臨床試験をします。また金属ナノ粒子を人体に投与するためにどの程度副作用があるのか調べないといけません。初めて人に投与する臨床試験を3年後に開始し、臨床に供されるのが順調にいって2030年だと考えています。ですがより多くの資金があればこのスピードを早め、それが結果的に救える患者さんの数を増やすことにつながると考えています。

ありがとうございます。支援を検討されている皆様にひとことお願いいたします。

 私が患者さんを前にしていつも悔しいなと思うことは、根治的な放射線治療というのは既に他の臓器に転移があると適用できないのです。ある部分、1か所だけ直すのは得意ですが、全身はできない。そこが悔しいのです。
 患者さんが放射線治療をしようと思っても、すでに転移があると有効性が認められず、治療自体を断られる。それは手術でも同じ現状で断られてしまいます。
 しかし、実際には半数以上の患者さんには既に転移はあります。つまり大部分の患者さんを既存治療では治癒に導けてはいないのです。だからこそ、新たな医療を開発することにより努力しないといけません。
 今こうしている間にも手術でも放射線でも治せない患者さんがたくさんいます。何とか患者さんに希望を届けたいと思っています。
 そのためには1人でも多くの皆様の支援を受け、“その日”が来るのを早めたいと思っています。なにとぞご支援をよろしくお願いいたします。